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昔々から伝わる保存食

梅こごりをご贔屓くださる京都の狂言師のお客様から、亀末広の『一休寺』というお菓子をいただきました。
玄米と三温糖で作られ、ざらざらとした素朴な口あたり。
控えめな甘さの落雁と一休寺納豆の絶妙なコンビネーション。
落雁の中の黒っぽいのが納豆です。
旨味ある塩っぱい納豆は口にした途端、八丁味噌を連想します。
ふだん食べている糸を引く納豆とは違い、お味噌やお醤油のように大豆と塩と麹で作られている保存食で、発酵により醸し出される香りと旨味が魅力です。

このお菓子の話をお料理教室でしたら、先生が冷蔵庫から「浜納豆」を出してきてくれました。
中国の「豆豉」と見た目も香りもほぼ同じ。

このお菓子の納豆は一休寺の一休寺納豆。
大徳寺で作られているのは大徳寺納豆。
浜松の大福寺の納豆は浜納豆。

奈良時代に遣唐使が唐の調味料である豆豉を持ち帰り、僧侶たちがお寺で作り始めたと言われており、寺納豆、塩納豆、塩辛納豆とも呼ばれています。
精進料理を召しあがるお寺のお坊さんたちにとって、大豆で作った納豆はタンパク源でもあり貴重な保存食だったのでした。

梅干も日本を代表する保存食です。
梅は弥生時代に長江中下流域に住んでいた高い水田稲作技術を持った人々によって日本に持ち込まれ、稲作とともに栽培が広まったと考えられています。
平安時代初期に各地に伝わる医方や処方を100巻にまとめた『大同類聚方』という書物に「塩梅」の記載があります。
平安時代中期には、流行した疫病に罹った村上天皇に六波羅蜜寺の空也上人が梅と昆布の茶を献上したところ回復された記録もあり、これがお正月にいただく大福茶の起源ともされています。
梅の効用は体験的に知られ根付き、現存する日本最古の医学書『医心方』には梅干の効用が記載されているそうです。

ちょうどこの『医心方』が編纂されたころ、菅原道真の進言により遣唐使の派遣も中止となり、中国大陸の思想や文化を模倣することから日本の風土にあった文化を生み出す時代へ変わっていくことになりました。

珈琲を淹れ一息つきながら玄米落雁『一休寺』をいただき、納豆も梅干も昔々の大昔から作られ、消えることなく今こうしていただいていることに感動しました。

梅干も毎年変わらず作ることを大切にしたいと思います。

むめや 山﨑由美

参考文献
『梅干』有岡利幸著
『メディカルハーブ日本のハーブセラピストコース・テキスト第2版』日本メディカルハーブ協会